ゥ。その地底までも届くようなおそろしい根を、マヌエラは怪物のようにながめていた。この時耳もとで座間の声がした。
「おう、深井の根《プティ・ラディックス》[#ルビは「深井の根」にかかる]!」
 それが、旧根樹《ニティルダ・アンティクス》という絶滅種ではないのか。根を二十身長も地下に張るというこのアフリカ種は、とうに黒奴《こくど》時代の初期に滅びつつあったはずである。
 と、見る見る視野がひらけた。
 思いがけぬ崩壊が風をおこして、地上の濛気《もうき》が裂けたのである。とたんに、三人がはっと息を窒《つ》めた。それまで、濛気に遮《さえぎ》られてずっと続いていると思われた密林が、ここで陥没地に切り折れている。
 悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]――。
 と三人は眩くような亢奮に我を忘れた。陥没と、大湿林の天険がいかなる探検隊もよせつけぬといわれる、この大秘境の墻《かき》の端まできたのだ。と思うと、眼下にひろがる大|摺鉢地《クレーター》のなかを、なにか見えはせぬかと瞳を凝らしはじめる。
 しかしそこは依然として、濛気と昆虫霧が渦まく灰色の海で、絶壁の数かぎりない罅《
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