Xト》とか懐疑主義者というやつは、猟師にはいちばん扱いにくいんだよ。しかし、射殺しただけでも二、三万にはなるだろう」
「じゃ、そのゴリラが……、無数と、死体をならべている渓谷があったとしたら……。ざっと、世界の大学を六百とみて、それに、骨格一つずつ売ったにしても、千万長者にはなれる。だが、それは君の仕事だ。僕の目的は別のほうにある」
「冗談いうな」カークはからからと嗤《わら》いはじめた。
「本気で聴いてりゃいい気になって、そんなとこが、もしあるなら俺が逃すもんか」
「あるとも」座間は自信気たっぷりにいう。
「僕は、友情にかけ君の勇気を信じていう。ところで、君は、ヘロドトスという歴史家を知っているかね」
「むろん、みたことはないが名だけは知っている。ギリシアに、昔いたという博識《ものしり》だろう」
「そうだ。ところが、そのヘロドトスが書いたなかに、ナイル河の水源についてこういうことがある」
ヘロドトスが、ナイルの水源について次のような話を、エジプトサイスの長官からミネルバで聴いたことがある。
ナイルの水源《カブト・ニリ》[#ルビは「ナイルの水源」にかかる]は、クロフィス及びメンフィスという、シェーネとエレファンティス間にある二つの山巓――呼んで半月の山脈《モンス・ルーヌラ》[#ルビは「半月の山脈」にかかる]という渓谷の奥にある。その半月の山脈には“Colc《コルク》”という湖があり、バメティクス王が、綱を数千“ogye《オギエ》”も垂れたが底に届かずとある。つまり、ナイルの水源は、その奥にあるというのだ。
さらにそこには、「盤根の沼《パルス・ラディコスス》[#ルビは「盤根の沼」にかかる]」「知られざる森の墓場《セプルクルム・ルクジ》[#ルビは「知られざる森の墓場」にかかる][#底本7−10、63−13、69−6ではセブルクルムと表記。ここ30−10での表記は誤りか]」があり、矮人《ピクミエン》が棲み有尾人《ホモ・コウダッス》がいる。そしてそれが、場所というのが悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]で、棲んでいる矮小有尾人がすなわちドドとなる――座間がこう結論したのである。
「なるほど、しかしその、むずかしいラテン語を説明してもらおうじゃないか」
「それはね、『盤根の沼《パルス・ラディコスス》[#ルビは「盤根の沼」にかかる]』というのは、錯綜《さくそう》たる根の沼だ。沼が盤根錯綜たる、叢林のしたにあるという意味だ。それから『知られざる森の墓場《セプルクルム・ルクジ》[#ルビは「知られざる森の墓場」にかかる][#底本7−10、63−13、69−6ではセブルクルムと表記。ここ30−15での表記は誤りか]』というのは、巨獣の終焉地《しゅうえんち》だ。死体をみせぬ象や類人猿がそこにきて眠るという。ねえカーク、どっちにしても、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]じゃないか。しかも、有尾人ドドの故郷だ」
そういえば、カークもそれに似たような土人の伝説を聴いたことがある。ヌグンベという、ドド発見地の近傍の部落だが、そこから悪魔の尿溜の方向にあたる北西かたの山腹に、“Leo《レオ》”という奥しれぬ洞窟があるのだ。――そこが、人類発祥の地だという。つまり、太古のとき動物とともに、彼らの祖先がその洞から出てきたというのだ。
まったく、そういえば数えきれぬほどあるではないか。こういう、無稽な伝説が探検によって裏書きされ、また、そういうものがしばしば因となって、探検欲をうごかし大発見をさせたことが!
ここに……、いまその洞窟のかなたには悪魔の尿溜がある。しかもそこが、半獣児ドドの発生地に目されている。
「どうだ君、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]なら何億年も処女でいられるよ。そこでは、動物も、植物も原始地球のままだ。獣交も、殺戮《さつりく》も自然律にすぎない。そこで僕は、アッコルティ先生の説をもう一歩すすめるよ。つまり……ドドは、そこにいる原始人と親和的な、黒猩々との雑交児だろうということだ。第一、親を有尾人とするのには、尾がある。それ以外は、外見、智能といいそっくりの黒猩々《チンパンジー》だ」
カークは、すっかり圧倒されてしょんぼりと瞬いている。座間の、ちがった人のような不思議な情熱を、どこに、こんな静かな男にこんなものがあったのだろうと……、相手の唇を呆然とながめていたのである。
「それから」と座間はすべるように続けてゆく。
「なぜドドが郷愁を感じないかということが、僕にはやっと分ったような気がするよ。それはね、苺果痘《フラムベジア》をわずらって死期を知ったのだ。そして、死ぬために森の墓場へいった。そうなると、もうじぶんは帰れない……、これから、知らない世界
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