ヌの身の丈で、お父さんより肥っていて、片手を頭にのせてずしりずしりと歩いてくる。時には、両肢《りょうあし》をかがめその長い手で、地上を掃《は》きながら疾風のようにはしる――ゴリラだ。私は、それと分るとぞっと寒気がし、顎《あご》ががくがくとなり、膝がくずれそうになった。私は懸命に洞の中へ飛びこみ、最前の穴らしい窪みをみつけて隠れた。が、その洞穴《ほらあな》は、浅くゆき詰っている。なお悪いことに、そのゴリラが穴のまえで蹲《うずくま》ったのだ。やがて、夜が明けたとき、視線が打衝《ぶつか》った。私は、あの傀偉《かいい》な手の一撃でつぶされただろうか。
マヌエラ、私は暫《しばら》くしてから嗤《わら》いはじめたのだよ。じぶんながら、なんという迂闊《うかつ》ものだろうと思った。なんのために、そのゴリラが森の墓場へきたか忘れていたのだ。ゴリラはさいしょ、私をみたとき低く唸ったが、ただ見るだけで、なんの手だしもしない。
七尺あまり、頭はほとんど白髪でよほどの齢らしい。つまり、老衰で森の墓場へきたのだと、私はやっとそう思った。野獣がここへくるときは闘争心は失せ、なにより彼らを狂暴にする恐怖心を感じぬらしい。そして食物もとらず餓えながら、静かに死の道にむかってゆくのだ。マヌエラ、ここで私は冥路《よみじ》の友を得たのだ。
Soko《ソコ》――と、やがてそのゴリラをそっと呼んでみた。この“Soko《ソコ》”というのはコンゴの土語で、むしろ彼らにたいする愛称だ。それから、Wakhe《ワケ》,Wakhe《ワケ》――と、檻《おり》のゴリラへする呼声をいっても、その老獣はふり向きもしなかった。
ただ遠くで、家族らしい悲しげな咆哮が聴えると――ほとんどそれが、四昼夜もひっきりなく続いたのだが――そのときは惹《ひ》かれたようにちょっと耳をたて、しかもそれも、ただ所作だけでなんの表情にもならない。そうして、私とゴリラと二人の生活が、十数日間にわたって無言のまま続いた。私は、同棲者になんの関心も示さない、こんな素っ気ない男をいまだにみたことはない。
さて、もう鉛筆もほとんど尽きようとしている。あとは、簡略にして終りまで書こうと思う。
それから、私は精神医としていかにゴリラを観察したか、特にアッコルティ先生に伝えて欲しいと思う。それからも、毎日ゴリラはその場所を動かず、ただ懶《だる》そうに私をみる
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