ェこの条件にぴったりと嵌《はま》っているわけだが、これも作者の創作と思われては困るから、歴然としたパラッフィン・ヤング卿の赤道アフリカ紀行、「コンゴからナイル河水源《カブト・ニリ》[#ルビは「ナイル河水源」にかかる]へ」のなかの一記事を引用しよう。
晴天だと、ルウエンゾリ山が好箇の目標になるのだが……、降りだして雨霧《もや》に覆われてからは、ただ足にまかせて密林のなかを彷徨《さまよ》いはじめた。泥濘《ぬかるみ》は、荊棘《とげいばら》、蔦葛《つたかずら》とともに、次第に深くなり、絶えず踊るような足取りで蟻《あり》を避けながら、腰までももぐる野象の足跡に落ちこむ。
すると、前方約百ヤードほどのあたりに、ぴしぴし枝を折りながらドス赭《あか》いものが動いてゆく。ゴリラだ! 私はこのコンゴの奥ふかくにくるまで、ゴリラには一度も逢わなかったのだ。そこで、ほとんど衝動的に連発銃《ウィンチェスター》をとりあげようとした。すると、土人が一人飛びついて銃をおさえ、
「旦那、あのゴリラ《ソコ》[#ルビは「ゴリラ」にかかる]は恩人でがす。殺すなんて、英人《レコア》の旦那らしくもねえでがすぞ」
土人は、ゴリラのことを“Soko《ソコ》”という愛称で呼んでいる。私は声を荒らげるよりも呆気《あっけ》にとられて、
「なぜいかんのだ。ゴリラが獲《と》れるなんて千載に一遇ではないか」
「それがです。旦那は、野象《ぞう》の穴へ落ちたとき、磁針《ほうみ》をお壊しなすったので、儂《わし》らは、どっちへどう出たらこの森を抜けられるか、いま途方に暮れているでがす。そこへ、あのゴリラ《ソコ》[#ルビは「ゴリラ」にかかる]が教えてくれたでがすよ。つまり、おらが歩んでゆく先が北に当るぞちゅうて……」
「そんなことが、お前にどうして分るね?」
「あのゴリラ《ソコ》[#ルビは「ゴリラ」にかかる]は、いま森の墓場へ死ににゆこうとしているのだ。それが、わしらにはゆけねえ悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]にあるちゅうだ。ゴリラ《ソコ》[#ルビは「ゴリラ」にかかる]はな、雨が降るとあんなには歩きましねえ。ぼんやりと、手を頭にのせてじっと蹲《しゃが》んでおりますだ。わしらは、幼《ちっ》けなときからゴリラ《ソコ》[#ルビは「ゴリラ」にかかる]をみてるだが、雨んなかを、死神にひかれて歩かせられてゆく
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