金沙河ヒマラヤの巴顔喀喇《パイアンカラ》山脈中の理想郷。
四、?
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 第一のアマゾン河奥地というのは「神々の狂人」と訳される。ここへは、米国コロンビア大学の薬学部長ラマビー博士一行が探検したが、ついに瘴癘湿熱《しょうれいしつねつ》の腐朽霧気《ガス》地帯から撃退されている。ただ、白骨をのせた巨蓮《ヴィクトリア・レギア》の食肉種が、河面《かわも》を覆うているのが望遠レンズに映ったそうである。
 第二の神秘境は、エスキモー[#底本では「エキスモー」と誤植]土人が狂気のように橇《そり》を駆ってゆくという、グリーンランドの中央部にある邪霊《シュアー》の棲所《すみか》である。そこは、極光《オーロラ》にかがやく八千尺の氷河の峰々。そこには、ピアリーやノルデンスキョルド男でさえもさすがゆきかねたというほどの――氷の奥からふしぎな力を感ずる場所だ。
 第三は、梵語《ぼんご》で花酔境と訳される。そこは、遠くからみれば大乳海を呈し、はいれば、たちこめる花香のなかで生きながら涅槃《ねはん》に入るという、ラマ僧があこがれる理想郷《ユートピア》である。彼らは、そこを「蓮中の宝芯《マニ・バードメ》[#ルビは「蓮中の宝芯」にかかる]」と呼んで登攀《とうはん》をあせるけれど、まだ誰一人として行き着いたものはない。そのうえ、古くは山海経《せんがいきょう》でいう一臂人《いっぴじん》の棲所《すみか》。新しくは、映画の「失われた地平線」の素材の出所とにらむことのできる――まさに西北|辺疆《へんきょう》支那の大秘境といえるのである。
 しかし、以上の三未踏地でさえ足もとにも及ばぬという場所がいったい何処《どこ》にあってなにが隠れているのか、さぞ読者諸君はうずうずとなってくるにちがいない。それは赤道中央アフリカのコンゴ北東部にある。すなわち、コンゴ・バンツウ語でいう“M'lambuwezi《ムラムブウェジ》”訳して「悪魔の尿溜《にょうだめ》」といわれる地帯だ。そこには、まだ人類が一人として見たことのない、巨獣の終焉地《しゅうえんち》「知られざる森の墓場《セブルクルム・ルクジ》[#ルビは「知られざる森の墓場」にかかる]」が、あると伝えられている。
 ではここで、この謎の地域がけっして私のような、伝奇作者のでたらめでないという証拠に、英航空専門誌“Flight《フライト》”に載った講演記事を
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