A野生動物がどこにあるだろうか。つかまって、環境がちがったときはどんな生物でも、食物をとらなかったりして郷愁をあらわすものだが、それがドドには不思議にもないのだった。
すると、カークをふり向いてアッコルティ先生がいった。
「まだ捕獲した場所を聴いてなかったね。いったい、このドドをどこで見つけたんだ?」
「それが、ほぼ東経二十八度北緯四度のあたりです。英《イギリス》領スーダンと白《ベルギー》領コンゴの境、……イツーリの類人猿棲息地帯《ゴリラスツォーネ》から北東へ百キロ、『悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]』の魔所へは三十マイル程度でしょう」
悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]――それを聴くと同時に、一座はしいんとなってしまった。ただ、屋根をうつ大雨の音だけが轟《とどろ》いている。
「そうか、悪魔の尿溜のそばか――」
アッコルティ先生もここまで来ると、あっさり断念《あきら》めたように投げやりな口調になった。ドドを、悪魔の尿溜と組合せることは、もう科学者の領域ではなかったからである。
それから先生は、ドドのために急遽《きゅうきょ》帰国する決意をし、あたふたと時計をみながら帰っていった。そのあと、座間とカークが疲れたような目で、ぼんやりと屋並みをながめている。
砂糖菓子のような回教寺院《モスク》の屋根も港の檣群《しょうぐん》も、ゆらゆら雨脚のむこうでいびつな鏡のようにゆれている。そのとき、仏マダガスカル航空《フレンチ・マダガスカルサービス》[#ルビは「仏マダガスカル航空」にかかる]の郵便機が、雨靄《もや》をくぐりくぐり低空をとおってゆく気配。座間は、むっくり体をおこして言った。
「君、あれなんだがね」
「あれって? 飛行機がどうしたというんだね」
「つまり、ドドのことなんだ。ドドは、飛行機をみてもけっして恐がらないのだぜ。かえって、嬉しそうな目付きで、奇声さえあげる。そうかといって、『悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]』の近傍に航空路はないよ。英帝国航空《インペリアル・エアウェーズ》も、フランスの亜弗利加航空《エール・アフリカ》も、それぞれ地図のうえで半度以上も隔っている。奇怪だ。猿人、原人といわれるドドが飛行機に驚かない。それでいて、王蛇《ボア》や豹をみるとひどく恐がる」
「きっ
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