@水君、そういった種類の女には、きまって犯罪者はいないものだよ」
 と旧《もと》の卓子《テーブル》の所まで戻って来ると、彼は小声で法水に囁いた。
「だが一応は、アマリリスを調べてみる必要があると思うね。朝枝の云うのが、もし真実だとすれば、アマリリスをウルリーケが持ち込むと同時に、殺人が起ったと云えるだろう。そして、それまで十何日か鎖ざしていた蕾が、その時パッと開いてしまったのだ……」
 海霧《ガス》が扉《ドア》の隙からもくもく入り込んで来て、二人の周囲《ぐるり》を烟《けむり》のように靡《なび》きはじめた。が、それを聴くと、法水は突然坐り直したが、すると頭上の霧が、漏斗《じょうご》のように渦巻いて行くのだ。彼は手にした「ニーベルンゲン譚詩《リード》」を、縦横に弄びながら、
「冗談じゃないね。この事件に、心理分析も検証もくそもあるもんか。あのトリエステに始まった、大伝奇の琴線に触れることだよ。で、先刻《さっき》この本を見たとき、ふと思いあたったことだが、君はシャバネーが|運命の先行者《ペロール・ゴアー・オヴ・デスティニー》と云った、憑着《ひょうちゃく》心理を知っているかね。かりに、自分の境
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