ワ薄暗い室内を歩きはじめた。
 灯のこないその室《へや》には、微かな、まるで埃のような光靄《もや》が漂っていて、木椅子の肌や書名の背文字が異様に光り、そのうら淋しさのみでも、低い漠然とした恐怖を覚えるのだった。
 やがて検事は、寒々とした声で呟きはじめた。
「法水君、君はもっと野蛮で、壮大であって欲しいと思うよ。きまって殺人事件となると、肝腎の犯人よりも、すぐに空や砂、水の瑠璃色などを気にしたがるのだからね。そこで断《ことわ》っておくが、ここには、黒死舘風景はないんだぜ。豪華な大画|舫《ほう》や、綺《きら》びやかな|鯨骨を張った下袴《ファシング・スカート》などが、この荒《あば》ら家のどこから現われて来るもんか。だから、今度という今度、書架の前だけは素通りしてくれると思っていたよ。『|鷹の城《ハビヒツブルグ》』を快走艇《ヨット》に外装した――それが、古臭いバドミントン叢書になんの関係があるんだい。そんな暗闇の中で、見えもせぬ本を楯に、君はなにを考えているのだ?」
「そうは云うがねえ支倉君、もしこの銅版画が、僕の幻を実在に移すものだとしたら、どうするね。見給え――一八四三年八月、王立《ロイ
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