ところが、まもなくそういった感情も、好色的な薄笑いも彼の顔から消え失せてしまって、眼が、まるで貪《むさ》ぼるかのごとく、一枚の上に釘づけされてしまった。
 それは、英雄ジーグフリードの妻クリームヒルトが、夫を害しようとするハーゲンに瞞《たぶ》らかされて、刃《やいば》も通らぬ夫の身体の中に、一個所だけ弱点があるのを打ち明けてしまう章句《ところ》だった。

 As from the dragon's death wounds gush'd out the crimson gore, with the smoking torrent the worrior wash'd him o'er.
 A Leaf then 'twixt his shoulders fell from the linden baugh, there only steel can harm him; for that I tremble now.
【悪竜の命を絶ちし傷より、深紅の血潮ほとばしり出でたれば、かの勇士その煙霧のごとき流れに身をひたす。その時、菩提樹の枝より一枚の葉舞い落ちて、彼の肩を離れず、その個所《ところ》
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