閨tの筋一つさえ残らないのである。
 その指のしなだれ、燐火のような蒼白さには、ただでさえ、闇中の何物かに怯《おび》やかされていることとて、検事は耐らず、灯を呼びたげな衝動に駆られてきた。
 しかし、それは結論を述べる、法水の意外にも落着いた声で遮られた。
「そこで、僕が云うジーグフリードとは、いったい誰のことか。ジーグフリードのいないニーベルンゲン譚詩《リード》――この事件は、まさにそれなんだ。つまり、事件の解決は、あの大古典の伝奇的なつながりの中にあるのだ。ああ支倉君、紙魚《しみ》に蝕ばまれた文字の跡を補って、トリエステで口火が始まる、大伝奇を完成させようじゃないか」
 ジーグフリード……別名《エーリアス》は?
 それは事によると、芝居気たっぷりな法水が、暗にシュテッヘを差しているのかも知れず、もしくはまた、彼の卓越した心理分析によって、なにか会話の端からでも、新しい人名が掴み出されたのではないかと思われたが、そうして、検事は悪夢の中を行きつ戻りつしているうちに、いやが上にも謎を錯綜とさせる、法水を恨まずにはいられなかった。
 そこへ、書架の横にある扉《ドア》が開いて、朝枝の蝋色を
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