奄ニ暗くなったが、艇は何事もなく進んでいく。しかし、本艇は、陸上の警報器に続いている、浮標に触れたのであった。やがて、砂丘の向うが、赫《か》っと明るくなったと思うと、天に冲《ちゅう》した、光の帯が倒れるように落ちかかってきた。
「いかん。早く、それ、魚雷網が下りぬうちに、発射するんだ!」
みるみる、陸から砲火が激しくなって、入江の中はたぎり返るようになってしまった。水に激する小波烟にも、ハッと胸を躍らすのであったが、まもなく闇の彼方に、鈍い、引き摺《ず》るような音響がおこった。
艇が、グラグラと揺れ、潜望鏡《ペリスコープ》には、海面から渦巻きあがる火竜のような火柱が映った。本艇は、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」号の鑑底下を潜《もぐ》り、まず、第一の魚雷を発射したのであった。そうして、再び潜行し、今度は入江の鼻――距離約二千|碼《ヤード》とおぼしいあたりから、とどめの二矢を火焔めがけて射ち出したのである。
この逆戦法に、敵はまんまと、思う壺に入ってしまった。砲|塁《るい》や他の艦が、それと気づいた頃にはおそく、本艇は、白みゆく薄闇を衝《つ》いて、唸《うな》りながら驀進《ばくしん》していた。
艦側から、海中に飛び込む兵員、しだいに現われゆく赤い船腹、やがて、魚雷網の支柱にまで火が移って、まったく一団の火焔と化してしまったのである。
かくて、戦艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は、タラント軍港の水面下に没し去っていったのであった。
「見ておくがいいよ。|モナ・リーザ嬢《フロイライン・モナ・リーザ》が、いまゲラゲラと狂《きちが》い笑いをしているんだ。ダ・ヴィンチ先生のせっかくの傑作も、ああもだらしなく、吹き出すようじゃおしまいだね」
余は、安全区域に出ると、さっそく勝報を送ったが、すぐ打ち返してきた返電を見ると、唖然とした。
――貴官は目下、海軍高等審判に附されつつあり。
かくて余は、七つの海を永遠に彷徨《さまよ》わねばならぬ身になった。
祖国よ! 法規とは何か。区々たる規律が、戦敗《せんぱい》崩壊後に、なにするものぞ。
読んでゆくうちに、法水の眼頭《めがしら》が、じっくと霑《うる》んでいった。しばらくは声もなくじっと見つめているのを、検事は醒ますように、がんと肩をたたいた。
「どうしたんだい、いやァに感激しているじゃないか。しかし、仏様のことだけは、忘
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