すます殺害《せつがい》の意志を固くした。また、女王とクリームヒルトの仲も、不仲というより、むしろ公然と反目し合うようになった。そうして、やがてハーゲンは、一つの奸策を編み出したのである。
それは、剣もこぼれるというジーグフリードの身体《からだ》に、どこか一個所、生身《なまみ》と異ならぬ弱点があるからだ。それを知ろうと、ハーゲンはクリームヒルトをたぶらかし、聴きだすことができた。すなわち、隣国との戦雲に言よせられて、公主の心は、怪しくも乱されてしまったのである。
「それでは[#「それでは」は太字]、私[#「私」は太字]、目印をつけておきますわ[#「目印をつけておきますわ」は太字]。綺麗な絹糸で[#「綺麗な絹糸で」は太字]、十字をそのうえに縫いつけておきましょう[#「十字をそのうえに縫いつけておきましょう」は太字]。ですから[#「ですから」は太字]、もしものとき乱陣のなかでも[#「もしものとき乱陣のなかでも」は太字]、それを目印に夫を護ってくださいましね[#「それを目印に夫を護ってくださいましね」は太字]」
そうして、殺害のモティフが物凄く轟きはじめたころ、勇士の運命を決する、猪《しし》狩がはじまった。
しかしクリームヒルトは、その朝、前夜の夢を夫に物語ったのであった。
「わたくし昨夜《ゆうべ》は、恐ろしい夢を二つほど見ましたの。まだ、こんなに、破れるような動悸《どうき》がして……。わたくし貴方を、狩猟にやるのが心許《こころもと》なくなってきましたわ」
と、夫にとり縋って、諫《いさ》めたが聴かれなかった。そこで、いよいよ心許なく、クリームヒルトは喘《あえ》ぎ喘ぎ云うのであった。
「では、お聴かせいたしますけど……。はじめのは、あなたが二匹の猪にさいなまれていて、みるみる、野の草のうえに血が滴ってゆくのでした」
「そんなこと、なんでもないじゃないか。いいから、次のをお話し……」
「その次は、暁まえの醒め際に見たのですけど、
あなたが[#「あなたが」は太字]、谷間をお歩きになっていらっしゃると[#「谷間をお歩きになっていらっしゃると」は太字]、突然二つの山が[#「突然二つの山が」は太字]、あなたのお[#「あなたのお」は太字]|頭[#「頭」は太字]《つむり》のうえに落ちてくるのです[#「のうえに落ちてくるのです」は太字]。
あなた、それでも、これが悪夢ではないとお
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