》シャーロット島《ランド》を遠望する海上であった。
日が暮れると、同時に重い防水布を張り、電球は取り除かれて、通風口は内部《なか》から厚い紙で蓋をしてしまった。操舵室も海図室も同じように暗く、内部も外部《そと》も、闇夜のような船であった。
「ですが、奴らは、なかなかうまくやりますからね」
六回も、独艇の追跡をうけたという手練のヴィデは、碧い眼をパチパチと瞬《またた》いていった。
「僕は、本船のまえは仏蘭西《フランス》船にいたんですが、あれに、こういう大砲《やつ》の一、二門もあったらなア。なにしろね、船に魚雷を喰わせやがって、悠々と現われてくるんです。おまけに、奴ら、桟敷にいるような気持で、見物しているじゃありませんか。
ところが船は、右舷をしたに急速に傾斜してゆく。それから、全員が去っても、まだ私たちは船橋に止《とど》まっておりました。すると、そこへ近づいてきて、立ち去らなきゃ、殺すぞと嚇《おど》かすんです。いや間もなく、私だけは漁船に救けられましたがね」
それからヴィデは、通風筒の蔭で莨《たばこ》に火を点《つ》けたが、なんと思ったか、遭難事の注意をこまごま聴かせはじめたのである。
「ところで、いざという時には、電光形《ジグザグ》の進路をとるんです。絶えず羅針盤《カムパス》で、四十五度の旋回をやる。そうすると、よしんば潜航艇が船影を認めたにしろ、魚雷を発射することが、非常に困難になってくるんです。
ねえ、そうでしょう。最初目的の船の、進路と速度を正確に計算しなけりゃならぬ。それから、いよいよ発射する位置にむかって、潜行をはじめるのです。
ところがねえ、さてという土壇場になってまた潜望鏡《ペリスコープ》をだすと、なにしろ、船のほうは電光形《ジグザグ》の進路をとっている。そこで、計算をはじめから、やり直さなけりゃならなくなるんです。
それから端艇《ボート》は、上甲板の手縁《レール》とおなじ線におろしておいてください。いや、すぐ降ろせるように。それから、水樽とビスケットを……」
「だが、本船の危険は、もう去ったも同じじゃないか」
八住船長は、ヴィデが警戒をはじめたのを、不審に思ったらしい。
「とにかく、夜明けまでには、晩香波《バンクーバー》へ着く。それに、本船には大砲があるのだ。ヴィデ君、君も、砲術にかけては、撰《よ》り抜きの名手じゃないか。ハハハハ、出た
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