カゅつし》」で、いまだ頁《ページ》も切られてはいず、また片方の新聞切抜帖には、大戦直前における快走艇《ヨット》倶楽部員の移動が記されていて、艇長とシュテッヘとは、交互に反対の倶楽部へ入会しているのだった。
しかしウルリーケは、法水の謝辞を快く容れて自室へ去ったが、そうして、悪鬼の名が、瞬間フォン・エッセンからシュテッヘに変ると同時に、次に目されている二人目の犠牲者の名も、いつしか曖昧模糊たるものになってしまった。
いずれにしても、遭難の夜の秘密は底知れないのであるが、もしかして三人の盲人《めくら》を訊問してみたら、あるいはその真相が判ってくるのではないかと思われた。そうして、防堤の上に記されている――もう一人を知るために、さっそく三人の盲人が呼ばれることになったが、やがて不具者《かたわもの》の悲愁な姿が現われると、この室《へや》の空気は、いっそう暗澹たるものに化してしまった。
最初に詩人の犬射が、例の美しい髪を揺《ゆす》り上げて質問に答えた。
「私に、あの夜の艇長について語れとおっしゃるが、それは一口に云うと、海そのもののような沈着だったと云えましょう。
あの方は、絶えず私たちに、最後まで希望を捨てるな――と訓《さと》されましたが、四人の眼は、そこに磁石でもあるかのように、知らず識らず、救命具のある、貯蔵庫の方に引きつけられていったのです。
すると艇長は、その気配のただならぬのを悟ったのでしょうか、莞爾《にっこ》と微笑んで、吾々に潜望鏡を覗かせるのでした。
ところが、水深二〇|米《メートル》の水中にもかかわらず、海水が水銀のような白光を放っているのです。流氷――艇長にそう云われて初めて、温度がいちじるしく低下しているのに気がついたのですが、それを知ると同時に、たちまち周囲が暗くなって、大地が割れた間から、無間《むげん》の地獄が覗いているような気がいたしました。なぜなら、流氷は最短二日ぐらいは続くもので、よしんばその中に浮き揚がったにしても、たちまち四肢が凍《こご》え、凍死の憂目を見ねばならないからです。
それからしばらく、私たちは数々の悲嘆に襲われて、狂気のように悶え悩んでおりましたが、そうした死の恐怖は、やがて悶《もだ》え尽きると、静かな諦観的な気持に変ってゆくのでした。
ところが、そうした墓場のような夜。艇長は士官室の中で慌《あわただ》しい急死を
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