、最も味の熾烈《しれつ》な、そして華やかなものであろう。が、そうして被作虐的《マゾフィスムズ》な訓練をされると、遊女達の精気が喚起されるばかりではなく、その効果が、東室《とうしつ》雨《あめ》起《おこらば》南室《なんしつは》晴《はる》るの○○○○○○○○○、○○○○○されるか、恐らく想像に難くはないであろうと思われる。
所で玉屋では、その「釘抜」を行うのに医者を兼ねた豊妻可遊と云う男を雇っていた。そして、その場所が奥まった中二階の裏に出来ていて、大矢車のうえした――恰度遊女の頭に当る所には、天井と床とに二個所、硝子《びいどろ》の窓が切り抜かれていた。その床の一つは、その下が階段の中途になっていて、それは、当今で云うところの曇硝子に過ぎなかったが、天井のものには、鏡が嵌まっていて、そんな所にも、些細な事ながら催情的な仕組みが窺《うかが》われるのだった。さて、お筆の朋輩の小式部にも、勤め以来何度目かのまかし[#「まかし」に傍点]が訪れて来たのだが、その際彼女が逢った「釘抜」の情景を、この大変長い前置の後に、お筆が語り始めた。
「そんな訳で、小式部さんにも、その日『釘抜』をやる事になったのだがね。その前に、あの人は私を捉まえて、その些中《さなか》になるとどうも胸がむかついて来て――と云うものだから、私は眼を瞑《つむ》るよりも――そんな時は却って、上目《うわめ》を強《きつ》くした方がいいよ――と教えてやったものさ。だけども、その日ばかりには限らなかったけれど、そのような折檻の痛目を前にしていても、あの人は何処となく浮き浮きしていたのだ。と云うのは、その可遊と云う男が、これがまた、井筒屋《いづつや》生き写しと云う男振りでさ。いいえどうして、玉屋ばかりじゃないのだよ、廓中あげての大評判。四郎兵衛さんの会所から秋葉《あきば》様の常夜灯までの間を虱潰《しらみつぶ》しに数えてみた所で、あの人に気のない花魁などと云ったら、そりゃ指折る程もなかっただろうよ。なあに、もうそんな、昔の惚言《のろけ》なんぞはとうに裁判所だっても、取り上げはしまいだろうがね。だけど、その時の可遊さんと来たら、また別の趣きがあって、却って銀杏八丈の野暮作りがぴったり来ると云う塩梅《あんばい》でね。眼の縁が暈《ぽ》っと紅く染って来て、小びんの後毛《おくれげ》をいつも気にする人なんだが、それが知らず知らずのうちに一本
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