人物なんだが[#「普通人の体躯を備えていて、非力なために尋常な手段では殺害の目的を遂げることの出来ない人物なんだが」に傍点]、無論体力の劣性を補うばかりでなく、捜査方針の擾乱《じょうらん》を企てた陰険冷血な計画も含まれているのだ。だから、手口だけから見ると、ルキーンの幻が消えて、短剣《ダッガー》を握ったワシレンコの影が現われてくるのだよ。」
「ああ、彼奴じゃ駄目だ。歩いて出入する以外に術があるまい。」熊城は悲しげな溜息《ためいき》を吐いたが、法水の顔は更に暗く憂鬱だった。
「ウン、もう一押しと云うところなんだがねえ。それも、殺したらしいのと脱出し得るのと、そう模型《モデル》が二つ並んだことになるから、犯人は案外、この二つの特徴を備えた新しい人物かもしれないぜ。それとも、ここで何かすばらしい思いつきが発見《みつ》かれば、その結果ジナイーダにすべてが綜合されるか、あるいは、ワシレンコに出没の秘密が明らかにされるだろうが、とにかくルキーンはもう犯人の圏内にはない。すると熊城君、こうして今まで掴んだ材料には九分九厘まで説明がついたのだから、解決の鍵は残された一つに隠されていると云って差支えあるまい。つまり、機械装置を顛倒させて超自然に等しい鳴り方をした鐘声に、犯人の姿が描かれていることなんだ。……けれど、僕等はどうしても、ジナイーダの云うように死体を歩かせ、その手に振綱を引かさなければならないのだろうか!?[#「!?」は一文字、面区点番号1−8−78]」
そうして、鐘声が単純な怪奇現象から一躍して、事件の主役を演ずることになった。熊城は戦慄を隠して強《し》いて気勢を張り、
「何にしろ、動機は結局あの置洋燈《おきランプ》だろうからね。僕は当分この寺院に部下を張り込ませておくつもりだよ。そして、次の機会《チャンス》に否応なくふん捕まえてやるんだ。それも、僕等の眼に見えない橋があるのだから、いつかきっとやって来るに違いないよ。」と云ったものの、彼には平素の精気が全然見られなかった。
その頃から霙《みぞれ》が降り出して烈風がまじり、ちょうど昨日と同じ天候になったが、法水は人々を遠ざけて独り鐘楼に罩《こも》ったきりいつまでも出てこなかった。そして、その間彼の実験らしい鐘声が何度かしたけれども、ついに期待した一鳴りを聴くことが出来なかった。夕方になると、やっと法水は疲労しきった姿を
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