て叫んだ。
「お戯れは止めて下さい。サア早く、コスター聖書を」
「これがそうなのです。兼常博士は、この胎児の木乃伊《ミイラ》をコスター聖書に比喩《たと》えたのですが、その理由はというと、双胎の一方が圧し潰されて出来る紙形胎児を、単に他の美しい言葉と換えたに過ぎなかったのです」
法水は、今にも泣き出しそうな鹿子の顔を見ながら、静かにいった。
「幹枝さんに妊《みごも》ったのは、双胎児だったのですよ。所で、虚弱な双胎児は、片方が死ぬと、残された方が健全に育つのですが、幹枝さんのも恰度それで、つまり、一方の犠牲になったというのを、切角同時代に印刷器械を発明して聖書を作りながらも、グーテンベルグの光輝のため、暗の中へ葬られた不運なコスターに比喩えたのです。ねえ皆さん、兼常博士と河竹医学士の生命を絶ったものは、実に、この一つの比喩にすぎなかったのですよ」
底本:「二十世紀鉄仮面」桃源社
1971(昭和46)年11月15日発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:野口英司
校正:小浜真由美
1998年8月8日公開
2000年1月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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