れなればこそだ――。家族以外にも易介を加えているのは」
「そうなんだ熊城君」と法水は満足気に頷《うなず》いて、「だから、謎は図形の本質にはなくて、むしろ、作画者の意志の方にある。しかし、どう見てもこの医学の幻想《ファンタジイ》は、片々たる良心的な警告文じゃあるまい」
「だが、すこぶる飄逸《ユーモラス》な形じゃないか」と検事は異議を唱えて、「それで露骨な暗示もすっかりおどけてしまってるぜ。犯罪を醸成するような空気は、微塵《みじん》もないと思うよ」と抗弁したが、法水は几帳面《きちょうめん》に自分の説を述べた。
「なるほど、飄逸《ユーモア》や戯喩《ジョーク》は、一種の生理的|洗滌《せんでき》には違いないがね。しかし、感情の捌《は》け口のない人間にとると、それがまたとない危険なものになってしまうんだ。だいたい、一つの世界一つの観念――しかない人間というものは、興味を与えられると、それに向って偏執的に傾倒してしまって、ひたすら逆の形で感応を求めようとする。その倒錯心理だが――それにもしこの図の本質が映ったとしたら、それが最後となって、観察はたちどころに捻《ねじ》れてしまう。そして、様式から個人の
前へ 次へ
全700ページ中96ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング