やがて雨中の水面には氷が張り詰められてゆきました。恐らく動機は妻とスティヴンとの密通でしょうが、愛人の死体で穴に蓋をしてしまうなんて、なんという悪魔的な復讐でしょう。しかしダンネベルグ夫人のは、そういった蕪雑《ぶざつ》な目撃現象ではありません」
 聴き終ると、鎮子は微かな驚異の色を泛《うか》べたが、別に顔色も変えず、懐中から二枚に折った巻紙|形《がた》の上質紙を取り出した。
「御覧下さいまし。算哲博士のお描きになったこれが、黒死館の邪霊なのでございます。栄光は故《ゆえ》なくして放たれたのではございません」
 それには、折った右側の方に、一艘の埃及《エジプト》船が描かれ、左側には、六つの劃のどのなかにも、四角の光背をつけた博士自身が立っていて、側《かたわら》にある異様な死体を眺めている。そして、その下にグレーテ・ダンネベルグ夫人から易介までの六人の名が記されていて、裏面には、怖ろしい殺人方法を予言した次の章句が書かれてあった。(図表参照)
[#黒死館の邪霊の図(fig1317_02.png)入る]
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グレーテは栄光に輝きて殺さるべし。
オットカールは吊されて殺さるべ
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