Aダンネベルグ夫人は当然見ることが出来なかっただろう。また、それ以外の人達も、この異常な雰囲気のために、恐らく周囲の識別を失っていただろうからね。気づかない方がむしろ当然だと云いたいくらいなのだよ。そうすると、ダンネベルグ夫人が倒れるとすぐ、伸子が隣室から水を持って来た――という事が、あるいは伸子に疑惑をもたらすかもしれない。つまり、それ以前|既《とう》に、彼女は室《へや》を出ていて、あらかじめこの事を予期していたために、水を用意していた――とも云えるだろう。けれども、勿論この推測は、ある行為の可能性を指摘したまでの話で、当然証拠以上のものでないのだよ」
「たしか、この微孔は犯人の細工には違いあるまいがね」と検事は深く顎《あご》を引いたが、問い返した。「けれども、あの時ダンネベルグ夫人は、算哲と叫んで卒倒したのだったぜ。たぶんそれが、あの女の幻覚ばかりのせいじゃあるまいと思うよ」
「明察だ。けっして、単純な幻覚ではない。ダンネベルグ夫人は、たしかリボーのいわゆる第二視力者《セカンド・サイター》――つまり、錯覚からして幻覚を作り得る能力者[#「錯覚からして幻覚を作り得る能力者」に傍点]だ
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