って、それにはとうてい打ち消しようもない、絶望と苦悩の色が漂っているのであった。しかしその間、検事は、頸筋の襟布《カラー》を指で摘み上げて、しきりと後頭部の生え際のあたりを瞶《みつ》めていた。が、そうしているうちに、その眼が不気味に据えられてきた。
「僕は、レヴェズに対するゴシップが、あまり酷評に過ぎやせんかと思うのだ。どうだろう法水君、この胡桃形《くるみがた》をした無残な烙印《やきいん》には、たしか索溝の形状《かたち》と、背馳《はいち》するものがあるように思われるんだが」とてっきり、胡桃《くるみ》の殻としか思われない結節の痕《あと》が、一つ生え際に止められているのを指し示して、
「なるほど、索状が上向きにつけられている。そうしたら、こんな結節の一つ二つなんぞは、恐らく瑣事にもすぎんだろう。しかし、古臭いフォン・ホフマンの『法医学教科書』の中にも、こういう例が一つあるじゃないか。それは――床に落ちた書類を拾おうとして、被害者が身体を踞《かが》めたところを、その一眼鏡《モノクル》の絹紐で、犯人が後様《うしろざま》に絞め上げたと云うのだ。勿論そうすれば、索溝が斜め上方につけられるので、後
前へ
次へ
全700ページ中606ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング