サわれたのみで、そこには人影がないのだった。|紋章のない石《クレストレッス・ストーン》――すでにレヴェズは、この室《へや》から姿を消してしまったのであろう。と、熊城が勢いよく垂幕を剥いだ時に、突然彼は、何者かに額を蹴られて床に倒れた。それと同時に、垂幕の鉄棒が軋《きし》む響が頭上に起って、検事の胸を目掛けて飛んだ固い物体があった。彼は思わずそれを握りしめた――靴。しかしその瞬間、法水の眼は頭上の一点に凍りついてしまった。見よ、そこには一本の裸足と、靴の脱げかかったもう一本――それが、鈍い大振子のように揺れているのだった。
さながら、脳漿《のうしょう》の臭いを嗅《か》ぐ思いのする法水の推定が、ついに覆《くつがえ》されてしまった。レヴェズは発見されはしたものの、垂幕の鉄棒に革紐を吊って、縊死《いし》を遂げているのだった。閉幕――恐らく黒死館殺人事件は、このあっけない一幕を最後に終ったのであろう。しかし、この結論が、けっして法水を満足させるものでないにもせよ、それは不思議なくらいに、彼を狼狽《ろうばい》させた。熊城は、私服に下させた屍体の顔に、灯を向けて云った。
「やれやれ、これでファウス
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