キことであろう。しかし、擲弾《てきだん》の距離はしだいに近づいて、すでに法水は、相手の心動を聴き、樹皮のように中性的な体臭を嗅《か》ぐまでに迫っていたのだ。ところが、その矢先――焔の尽きた※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《うずみび》が弓のように垂《しな》だれて、燐寸《マッチ》が指頭から放たれた。と、キァッという悲鳴が闇をつんざいて、それが伸子の声であるのも意識する余裕《ゆとり》がなく、法水の眼は、たちまち床の一点に釘づけされてしまった。
 見よ――そこには硫黄のように、薄っすら輝き出した一幅の帯がある。そして、その下辺のあたりから、幾つとない火の玉が、チリチリと捲き縮んでいって、現われてはまた消えてゆくのだった。しかし、それに眼を止めた瞬間、法水のあらゆる表情が静止してしまった。彼の眼前に現われた一つの驚くべきもの以外の世界は――座席の背長椅子《バルダキン》も、頭上に交錯《くみかわ》している扇形の穹窿《きゅうりゅう》も、まるで嵐の森のように揺れはじめて、それ等がともども、彼の足元に開かれた無明の深淵の中へ墜ち込んでゆくのだった。実に、その消え行く瞬間の光は、斜めに傾《かし》い
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