ス。
「ところが熊城君、ヘガール([#ここから割り注]独逸の犯罪精神病学者、バーデンの国立病院医員[#ここで割り注終わり])の類例集の中には、四つ角で衝突したヒステリー患者が、その側を反対に陳述したという報告が載っている。事実そのとおりで、発作中にうけた感覚は、その反対の側に現われるものなんだよ。しかし、この場合問題と云うのは、けっしてその一つばかりではない。もう一つ、やはり発作中には、聴覚が一方の耳に偏してしまう――という徴候にもあったのだ。そして、伸子にはそれが右の耳にあったので、扉《ドア》を鎖された瞬間起ったあの猛烈な唸《うな》り――。ほとんど音が意識出来ないほど、むしろ器官の限度を超絶したものが襲い掛ってきて、それが内耳に、燃え上るような※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]衝《きんしょう》を起したのだよ。つまり、人工的に迷路|震蕩《しんとう》症を企んだという訳で、勿論その結果、全身の均衡が失われたことは云うまでもないのだ。そこで、熱と右の耳は左へ――というヘルムホルツの定則どおりに、たちまち全身が捻《ねじ》れていったのだよ。そして、廻転が極限まで詰まっている椅子の上で、そ
前へ 次へ
全700ページ中562ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング