れた支倉《はぜくら》検事から殺人という話を聴くと、ああまたか――という風な厭《いや》な顔をしたが、
「ところが法水君、それが降矢木家なんだよ。しかも、第一|提琴《ヴァイオリン》奏者のグレーテ・ダンネベルグ夫人が毒殺されたのだ」と云った後の、検事の瞳に映った法水の顔には、にわかにまんざらでもなさそうな輝きが現われていた。しかし、法水はそう聴くと不意に立って書斎に入ったが、間もなく一抱えの書物を運んで来て、どかっと尻を据えた。
「ゆっくりしようよ支倉君、あの日本で一番不思議な一族に殺人事件が起ったのだとしたら、どうせ一、二時間は、予備智識に費《かか》るものと思わなけりゃならんよ。だいたい、いつぞやのケンネル殺人事件――あれでは、支那古代陶器が単なる装飾物にすぎなかった。ところが今度は、算哲博士が死蔵している、カロリング朝以来の工芸品だ。その中に、あるいはボルジアの壺がないとは云われまい。しかし、福音書の写本などは一見して判るものじゃないから……」と云って、「一四一四年|聖《サン》ガル寺発掘記」の他二冊を脇に取り除け、綸子《りんず》と尚武革《しょうぶがわ》を斜めに貼り混ぜた美々しい装幀の一冊
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