か――その推定すら困難なほどに、難解をきわめたものだった。しかし、その凄惨な顕微鏡《ミクロ》模様から離れた法水の眼は、期せずして検事の視線と合した。そして、暗黙のうち、ある慄然《りつぜん》としたものを語り合わねばならなかった。なんとなれば、その創の形が、まさしく降矢木家の紋章の一部をつくっている、フィレンツェ市章の二十八葉橄欖冠にほかならないからであった。
[#二十八葉橄欖冠の図(fig1317_01.png)入る]

    二、テレーズ吾《われ》を殺せり

「どう見ても、僕にはそうとしか思えない」と検事は何度も吃《ども》りながら、熊城《くましろ》に降矢木家の紋章を説明した後で、「何故犯人は、息の根を止めただけでは足らなかったのだろうね。どうしてこんな、得体の判らぬ所作《しぐさ》までもしなければならなかったのだろう?」
「ところがねえ支倉《はぜくら》君」と法水《のりみず》は始めて莨《たばこ》を口に銜《くわ》えた。「それよりも僕は、いま自分の発見に愕然《がくっ》としてしまったところさ。この死体は、彫り上げた数秒後に絶命しているのだよ。つまり、死後でもなく、また、服毒以前でもないのだがね
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