Aクリヴォフ夫人は、両手を柔《やん》わり合掌したように合せて、それを卓上に置いたのだ。勿論密教で云う印呪《いんじゅ》の浄三葉印ほどでなくとも、少なくもロダンの寺院《カテドラル》には近いのだ。ことに、右掌《みぎて》の無名指を折り曲げていた、非常に不安定な形だったので、絶えずクリヴォフ夫人の心理からなんらかの表出を見出そうとしていた僕は、それを見て思わず凱歌を挙げたものだ。何故なら、セレナ夫人が『樺の森』と云っても微動さえしなかったその手が、続いて僕がその次句で、されど彼夢みぬ――と云って、その男[#「その男」に傍点]という意味を洩らすと、不思議な事には、その不安定な無名指に異様な顫動《せんどう》が起って、クリヴォフ夫人は俄然|燥《はしゃ》ぎだしたような態度に変ったからだ。恐らく、そこに現われている幾らかの矛盾撞着は、とうてい法則では律することの出来ぬほど、転倒したものだったに相違ない。だいたい、緊張から解放された後でなくては、どうして、当時の昂奮《こうふん》が心の外へ現われなかったのだろうか」とそこでちょっと言葉を切って窓の掛金をはずし、一杯に罩《こ》もった烟《けむり》が、揺ぎ流れ出てゆ
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