盾ノなってしまう。そこに、あの女を朦朧《もうろう》状態に誘い込んだものがあったのだよ」
「ではなんという化物《ばけもの》だい。だいたい鐘楼の点鬼簿《てんきぼ》には、人間の亡者の名が、一人も記されていないのだからね」
「化物どころか、勿論人間でもない。それが、鐘鳴器《カリリヨン》の鍵盤なんだよ」法水はチカッと装飾音を聴かせて、そこでも二人の意表外に出た。「ところで、これは一つの錯視現象なんだが、例えば一枚の紙に短冊形の縦孔《たてあな》を開けて、その背後で円く切った紙を動かして見給え。その円が激しく動くにつれ、しだいと楕円に化してゆく、ちょうどそれと同じ現象が、上下二段の鍵盤《キイ》に現われたのだ。ところでここに、頻繁《ひんぱん》に使う下段の鍵《キイ》があったとしよう。そうすると、その絶えず上下する鍵《キイ》を、上段の動かない鍵の間から瞶《みつ》めていると、その下段の鍵《キイ》の両端が、上段の鍵の蔭に没していく方の側に歪んでいって、それが、しだいに細くなっていくように見えるのだ。つまり、そういう遠感的な錯視が起ると、それまで疲労によってやや朦朧《もうろう》としかけていた精神が、一途《いちず
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