けた形跡がないばかりでなく、中毒に対する臓器特異性を思わせる節《ふし》もないのだ。そこで法水君、僕の毒物類例集は結局これだけなんだけども、しかし結論として一言云わせてもらえるなら、あの失神の刑法的意義は、むしろ道徳的感情にあると云うに尽きるだろう。つまり、故意か内発か――なんだ」と乙骨医師は卓子《テーブル》をゴツンと叩いて、彼の知見を強調するのだった。
「いや、純粋の心理病理学《プシヒョバトロギイ》さ」法水は暗い顔をして云い返した。「ところで、頸椎《けいつい》は調べたろうね。僕はクインケじゃないが、恐怖と失神は頸椎の痛覚なり――と云うのは至言だと思うよ」
乙骨医師は莨《たばこ》の端をグイと噛み締めたが、むしろ驚いたような表情を泛《うか》べて、
「うん僕だって、ヤンレッグの『|病的衝動行為について《ユーベル・クランクハフテ・トリープハンドルンゲン》』や、ジャネーの『験触野《シヤン・エステジオメトリック》』ぐらいは読んでいるからね。いかにも、第四頸椎に圧迫がある場合に衝動的吸気《インスピラチヨン》を喰うと、横隔膜に痙攣《けいれん》的な収縮が起る。だがしかしだ。その肝腎《かんじん》な傴僂《
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