ないのです」
「いやけっして」と法水は、諭すような和やかな声音《こわね》で、「だいたい日本の民法では、そういう点がすこぶる寛大なんですから」
「ところが駄目です」と旗太郎は蒼ざめた顔で、キッパリ云い切った。「何より、僕は父の眼が怖ろしくてならないのです。あのメフィストのような人物が、どうして後々にも、何かの形で陰険な制裁方法を残しとかずにはおくものですか。きっとグレーテさんが殺されたのだって、そういう点で、何か誤ちを冒したからに違いありません」
「では、酬いだと云われるのですか」と熊城は鋭く切り込んだ。
「そうです。ですから、僕が云えないという理由は、十分お解りになったでしょう。そればかりでなく、第一、財産がなければ、僕には生活というものがないのですからね」と平然と云い放って、旗太郎は立ち上った。そして、提琴奏者《ヴァイオリニスト》特有の細く光った指を、十本|卓子《テーブル》の端に並べて、最後に彼はひどく激越な調子で云った。
「もうこれで、お訊ねになる事はないと思いますが、僕の方でも、これ以上お答えすることは不可能なのです。しかし、この事だけは、はっきり御記憶になって下さい。よく館の者
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