現われていた。と云うのは、墓地樹として、典型的な、ななかまど[#「ななかまど」に傍点]や枇杷《びわ》の類《たぐい》がなく、無花果《いちじく》・糸杉・胡桃《くるみ》・合歓樹《ねむのき》・桃葉珊瑚《あおき》・巴旦杏《はたんきょう》・水蝋木犀《いぼたのき》の七本が、別図のような位置で配置されていた。またそれ等の樹木に取り囲まれた中央の葬龕《カタファルコ》は、ウムブリヤの泣儒《なきおとこ》を浮彫《うきぼり》にした薬研石《やげんいし》の台座まではともかくとして、その上に載せられた白大理石の棺蓋《かんおおい》になると、はじめて異様な構想が現われてくるのだった。伝統的な儀習としては、その上が、紋章あるいは人像か単純な十字架が通例だが、それには、音楽を伝統とする降矢木の標章としての三角琴《プサルテリウム》が筋彫《すじぼり》にされ、その上に、鍛鉄製の希臘《ギリシャ》十字架と磔刑耶蘇《はりつけやそ》が載せられてあった。しかも、その耶蘇もまた異形《いぎょう》なもので、首をやや左に傾けて、両手の指を逆に反《そ》らせて上向きに捻《ねじ》り上げ、そろえた足尖《つまさき》を、さも苦痛を耐《こら》えているかのよう、内
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