ところが、その途中通りすがりに、階下の図書室の前まで来ると、法水は釘付けされたように立ち止ってしまった。熊城は時計を眺めて、
「四時二十分――もうそろそろ、足許が分らなくなってくるぜ。言語学の蔵書なら後でもいいだろう」
「いや、鎮魂楽《レキエム》の原譜を見るのさ」と法水はキッパリ云い切って、他の二人を面喰《めんくら》わせてしまった。しかしそれで、先刻《さっき》の演奏中終止符近くになって、二つの提琴《ヴァイオリン》が弱音器をつけた――そのいかにも楽想を無視している不可解な点に、法水が強い執着を持っているのが判った。彼は背後で、把手《とって》を廻しながら、続いて云った。
「熊城君、算哲という人物は、実に偉大な象徴派詩人《サムボリスト》じゃないか。この尨大《ぼうだい》な館《やかた》もあの男にとると、たかが『影と記号で出来た倉』にすぎないのだ。まるで天体みたいに、多くの標章を打《ぶ》ち撒《ま》けておいて、その類推と総合とで、ある一つの恐ろしいものを暗示しようとしている。だから、そういう霧を中に置いて事件を眺めたところで、どうして何が判ってくるもんか。あの得体の知れない性格は、あくまでも究明
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