時残響が少なかったからだよ。だいたい鐘には、洋琴《ピアノ》みたいに振動を止める装置がないので、これほど残響のいちじるしいものはない。それに、鐘鳴器《カリリヨン》は一つ一つに音色《ねいろ》も音階も違うのだから、距離の近い点や同じ建物の中で聴いていると、後から後からと引き続いて起る音に干渉し合って、終いには、不愉快な噪音《そうおん》としか感ぜられなくなってしまうのだ。それを、シャールシュタインは色彩円の廻転に喩《たと》えて、初め赤と緑を同時にうけて、その中央に黄を感じたような感覚が起るが、終いには、一面に灰色のものしか見えなくなってしまう――と。まさに至言なんだよ。まして、この館には、所々円天井や曲面の壁や、また気柱を作っているような部分もあるので、僕は混沌としたものを想像していた。ところが、先刻《さっき》はあんな澄んだ音《ね》が聞えたのだ。外気の中へ散開すれば、当然残響が稀薄になるのだから、その音は明らかに、テラスと続いている仏蘭西《フランス》窓から入って来る。それを知って、僕は思わず愕然《がくっ》としたのだ。では何故《なぜ》かと云うと、どこかに、建物の中から広がってくる、噪音を遮断した
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