オた。その態度には、相変らず、明るい親愛の情が溢《あふ》れていた。「昨日レヴェズ様が、私に公然結婚をお申し出になりました。そして、その諾否《だくひ》を、この二つで回答してくれと仰言《おっしゃ》って……」と彼女は語尾を萎《すぼ》めて、あまりにも慌《あわ》ただしい、人生の変転を悲しむごとくであった。が、やがて、懐中から取り出したものがあって、その時ならぬ豪奢な光輝が、思わず三人の眼を動かなくしてしまった。それは二本の王冠《クラウン》ピンだった。そして、その上に、一つには紅玉《ルビー》一つにはアレキサンドライトが、それぞれ白金《プラチナ》の台の上で、百二、三十カラットもあろうと思われる、マーキーズ形の凸刻面を輝かしていた。伸子は弱々しい嘆息をしてから、舌を重たげに動かしていった。
「つまり、親愛な黄色――アレキサンドライトの方が吉で、紅玉《ルビー》の血は勿論凶なのでございます。そして、この二つを諾否の表示《しるし》にして、どっちかを、演奏中私の髪飾りにしていてくれ――と、あの方は仰言《おっしゃ》いました」
「では、云い当てて見ましょうか」と狡猾《ずる》そうに眼を細めて云ったが、しかし、何故か法水は、胸を高く波打たせていて、
「いつぞや、貴女《あなた》はレヴェズを避けて、樹皮亭《ボルケンハウス》に遁《のが》れていましたっけね」
「いいえ、レヴェズ様の死に、私は道徳上責任を負う引け目はございません」と伸子は、息を荒ららげて叫んだ。「実は私、アレキサンドライトを付けました。それで、あの方と二人で、このハルツの山([#ここから割り注]妖魔どもが、いわゆるヴァルプルギス饗宴を行うという山[#ここで割り注終わり])を降りるつもりだったのですわ」
 それから、法水の顔をしげしげ覗き込んで、哀願するように、「ねえ、真実《ほんとう》の事を仰言《おっしゃ》って下さいまし。もしや、あの方自殺なされたのでは、いいえけっして、私がアレキサンドライトを付けた以上……」
 その時法水の顔に、サッと暗いものが掃いて、みるみる悩ましげな表情が泛《うか》び上っていった。その暗影と云うのは――、たしかに彼の心中に一つの逆説《パラドックス》があって、それを今の伸子の言葉が、微塵と打ち砕いたに相違なかった。
「いや、正確に他殺です」と法水は沈痛な声で云ったが、
「しかし、ここへ貴女《あなた》をお呼びしたのは、ほかでもないのですが、昨年算哲が遺言書を発表した席上から、いったい誰が先に出たのでしょうね」
 すでに一年近くも経過しているので、勿論伸子は、一も二もなく頸《くび》を振るものと思われていた。ところが、そのいかにも意味ありげな一言が、伸子に何事かを覚らせたと見えた。いきなり、彼女の全身に異様な動揺が起った。
「それは……あの……あの方なのでございますが」と伸子は苦しげに顔を歪めて、云うまい云わせようの葛藤と凄烈に闘っている様子であったが、やがて、決意を定めたかのように毅然《きっ》と法水を見て、
「いま私の口からは、とうてい申し上げることは出来ません。けれども、のちほど――紙片でお伝えいたしますわ」
 法水は満足そうに頷《うなず》いて、伸子の訊問を打ち切った。熊城は、今日の事件において、最も不利な証言に包まれている伸子に対して、いささかも法水が、その点に触れようとしなかったのが不満らしかったが……しかし、乾板に隠れている深奥の秘密を探る最後の手段として、いよいよ神意審問会の光景を再現することになった。勿論それ以前に法水は、鎮子に私服を向けて、当時七人が占めていた位置について知ることが出来た。ところでその配置を云うと、ダンネベルグ夫人一人のみを向う側にして、その間に|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》([#ここから割り注]絞死体の手を酢漬けにして、それをさらに乾燥したもの[#ここで割り注終わり])を挾み、その前方には、左から数えて、伸子・鎮子・セレナ夫人・クリヴォフ夫人・旗太郎――と以上残りの五人が、相当離れて半円形を作っていたが、独りレヴェズのみは、半円形の頂点に当るセレナ夫人の前面で、やや跼《かが》み加減に座を占めていたのである。そして、六人の位置は、入口の扉《ドア》を背面にしていたのだった。
 以前行われた時と同じ室に入って、鉄筐《てつばこ》の中から、熊城が|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》を取り出したとき、その指の顫《ふる》えに、無量の恐怖を感じさせるものがあった。それは、かつて人体の一部であったのを、嘲笑《あざわら》うかのように、それらしい線や塊《マッス》はどこにも見られなかった。ただただ、雑色と雑形の一種異様な混淆《こんこう》であって、あるいは、盆景的に矯絶な形をした木の根細工のようでもあり、その――一面に細かい亀裂の入った羊皮紙色の皮膚を見ると、和本の剥が
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