ナもないのですが、昨年算哲が遺言書を発表した席上から、いったい誰が先に出たのでしょうね」
すでに一年近くも経過しているので、勿論伸子は、一も二もなく頸《くび》を振るものと思われていた。ところが、そのいかにも意味ありげな一言が、伸子に何事かを覚らせたと見えた。いきなり、彼女の全身に異様な動揺が起った。
「それは……あの……あの方なのでございますが」と伸子は苦しげに顔を歪めて、云うまい云わせようの葛藤と凄烈に闘っている様子であったが、やがて、決意を定めたかのように毅然《きっ》と法水を見て、
「いま私の口からは、とうてい申し上げることは出来ません。けれども、のちほど――紙片でお伝えいたしますわ」
法水は満足そうに頷《うなず》いて、伸子の訊問を打ち切った。熊城は、今日の事件において、最も不利な証言に包まれている伸子に対して、いささかも法水が、その点に触れようとしなかったのが不満らしかったが……しかし、乾板に隠れている深奥の秘密を探る最後の手段として、いよいよ神意審問会の光景を再現することになった。勿論それ以前に法水は、鎮子に私服を向けて、当時七人が占めていた位置について知ることが出来た。ところでその配置を云うと、ダンネベルグ夫人一人のみを向う側にして、その間に|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》([#ここから割り注]絞死体の手を酢漬けにして、それをさらに乾燥したもの[#ここで割り注終わり])を挾み、その前方には、左から数えて、伸子・鎮子・セレナ夫人・クリヴォフ夫人・旗太郎――と以上残りの五人が、相当離れて半円形を作っていたが、独りレヴェズのみは、半円形の頂点に当るセレナ夫人の前面で、やや跼《かが》み加減に座を占めていたのである。そして、六人の位置は、入口の扉《ドア》を背面にしていたのだった。
以前行われた時と同じ室に入って、鉄筐《てつばこ》の中から、熊城が|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》を取り出したとき、その指の顫《ふる》えに、無量の恐怖を感じさせるものがあった。それは、かつて人体の一部であったのを、嘲笑《あざわら》うかのように、それらしい線や塊《マッス》はどこにも見られなかった。ただただ、雑色と雑形の一種異様な混淆《こんこう》であって、あるいは、盆景的に矯絶な形をした木の根細工のようでもあり、その――一面に細かい亀裂の入った羊皮紙色の皮膚を見ると、和本の剥が
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