タまったく、この事件の犯人には、仮象を実在に強制する、不可思議な力があるのかもしれない。熊城は、もはや我慢がならないように息を呑《の》んだが、
「しかし、今日の伸子には、感謝してもいいだろうと思うよ。実は、先刻《さっき》僕の部下が、伸子の室《へや》を捜っている間に、あの女は、クリヴォフの室でお茶を飲んでいたのだ。ところが、その席上に居合わせた人物というのが、動機の五芒星円《ペンタグラムマ》から、しっくりと離れられない連中ばかりなんだ。どうだ、法水君、曰《いわ》く最初が旗太郎さ。それから、レヴェズ、セレナ……。あの頭中繃帯しているクリヴォフだっても、その時は寝台の上に起き上っていたと云うんだからね」と熊城が吐いた内容には、この場合、誰しも打たれずにはいなかったであろう。何故なら、それによって、犯人の範囲が明確に限定されて、従来《これまで》の紛糾混乱が、いっせいに統一された観がしたからだった。そこへ、検事がすこぶる思いつきな提議をした。
「ところで僕は、これが唯一の機会《チャンス》だと思うのだよ。つまり、犯人がピロカルピンを手に入れた――その経路を明瞭《はっきり》させることなんだ。もし、それが津多子ならば、十分押鐘博士を通じて――ということも云えるだろう。けれども、それ以外の人物だとすると、まずその出所が、この館の薬物室以外には想像されないと思うのだがね。だから法水君、僕はホップスじゃないが、もう一度薬物室を調べてみたら、あるいは犯人の戦闘状態《ステート・オブ・ウォア》が判りゃしないかと思うんだ」
この検事の提議によって、再び薬物室の調査が開始された。しかし、そこにはピロカルピンの薬罎《くすりびん》はあっても、それにはどこぞと云って、手を付けたらしい形跡はなかった。したがって、減量は云うまでもないことだが、なにより最初から、一度も使ったことがないと見えて、全体が厚い埃を冠っていた。そして、薬品棚の奥深くに埋もれているのだった。法水はいったん失望の色を泛《うか》べたけれども、突然彼に、莨《たばこ》を捨てさせてまで叫ばせたものがあった。「そうだ支倉《はぜくら》君、あまり君の署名《サイン》が鮮かだったものだから、それに眼が眩《くら》んで、僕は些細な事までもうっかりしていたよ。あながちピロカルピンの所在は、この薬物室のみに限らんのだ。元来あの成分と云うのが、ヤポランジイの葉の
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