Bしかし、法水は古代時計室の前まで来ると、何を思ったか、不意に立ち止った。そして、伸子の室の調査を私服に任せて、押鐘夫人津多子を呼ぶように命じた。
「冗談じゃない。津多子を鎖じ込めた文字盤に、暗号でもあるのなら別だがね。しかし、あの女の訊問なら後でもいいだろう」と熊城は、不同意らしい辛々《いらいら》した口調で云うのだった。
「いや、あの廻転琴《オルゴール》時計を見るのさ。実は、妙な憑着《ひょうちゃく》が一つあってね。それが、僕を狂気《きちがい》みたいにしているのだよ」とキッパリ云い切って、他の二人を面喰《めんくら》わせてしまった。法水の電波楽器《マルティノ》のような微妙な神経は、触れるものさえあれば、たちどころに、類推の花弁となって開いてしまうのだ。それゆえ、一見無軌道のように見えても、さて蓋《ふた》が明けられると、それが有力な連字符ともなり、あるいは、事件の前途に、全然未知の輝かしい光が投射される場合が多いのであった。
そこへ、壁に手を支えながら、津多子夫人が現われた。彼女は大正の中期――ことにメーテルリンクの象徴悲劇などで名を謳《うた》われただけあって、四十を一、二越えていても、その情操の豊かさは、青磁色の眼隈に、肌《はだえ》を包んでいる陶器のような光に、かつて舞台におけるメリザンドの面影が髣髴《ほうふつ》となるのであった。しかも、夫押鐘博士との精神生活が、彼女に諦観《ていかん》的な深さを加えたことも勿論であろう。しかし、法水はこの典雅な婦人に対して、劈頭《へきとう》から些《いささ》かも仮借せず、峻烈な態度に出た。
「ところで、最初からこんなことを申し上げるのは、勿論|無躾至極《ぶしつけしごく》な話でしょう。しかし、この館の人達の言《ことば》を借りると、貴女《あなた》のことを人形使いと呼ばなければならないのですよ。ところが、その人形と糸ですが、事件の劈頭には、それがテレーズの人形にありました。そして、またその悪の源は、永生|輪廻《りんね》の形で繰り返されていったのです。ですから夫人《おくさん》、僕には、貴女に当時の状況をお訊ねして、相変らず鬼談的《デモーニッシュ》な運命論を伺《うかが》う必要はないのですよ」
冒頭に津多子は、全然予期してもいなかった言葉を聴いたので、そのすんなりした青白い身体が、急に硬《こわ》ばったように思われ、ゴクンと音あらく唾《つば》を嚥
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