sわし》は虹を送りました。しかし、天空の虹は抛物線《パラボリック》、露滴の水は双曲線《ハイパーボリック》です。ですから、虹が楕円形《イリプティック》でない限り、伸子は儂《わし》の懐《ふところ》に飛び込んでは来ないのですよ」
「ですが、ここに奇妙な符合がありましてな。と云うのは、あの鬼箭《おにや》ですが、それがクリヴォフ夫人を吊し上げて突進し、さてそれから突き刺った場所と云えば、やはり、あの同じ門でした。つまり、貴方の虹もそこから入り込んでいった――鎧扉《よろいど》の棧だったのです。ねえレヴェズさん、因果応報の理というものは、あながち、復讐神《ネメシス》が定めた人間の運命にばかりではないのですからね」となんとはなしに不気味な口吻《こうふん》を洩らして、ジリジリ迫ってゆくと、いったんレヴェズは、総身を竦《すく》めて弱々しい嘆息を吐いた。が、すぐ反噬《はんぜい》的な態度に出た。
「ハハハハ、下らぬ放言はやめにして下さい。法水さん、儂《わし》ならあの三叉箭《ボール》が、裏庭の蔬菜園から放たれたのだと云いますがな。何故なら、今は蕪菁《かぶら》の真盛《まっさか》りですよ。矢筈《やはず》は蕪菁、矢柄《やがら》は葭《よし》――という鄙歌《ひなうた》を、たぶん貴方は御存じでしょうが」
「さよう、この事件でもそうです。蕪菁は犯罪現象、葭は動機なのです。レヴェズさん、その二つを兼ね具えたものと云えば、まず貴方以外にはないのですよ」とにわかに酷烈な調子となって、法水の全身が、メラメラ立ち上る焔のようなものに包まれてしまった。「勿論ダンネベルグ夫人は他界の人ですし、伸子もそれを口に出す道理はありません。しかし、事件の最初の夜、伸子が花瓶を壊した際に、たしか貴方はあの室《へや》にお出でになりましたね」
レヴェズは思わず愕然《がくっ》として、肱掛を握った片手が怪しくも慄《ふる》え出した。
「それでは、儂《わし》が伸子に愛を求めたのを発見されたために、持分を失うまいとして、グレーテさんを殺したのだ――と。莫迦《ばか》な、それは貴方《あんた》の自分勝手な好尚《このみ》だ。貴方は、歪んだ空想のために、常軌を逸しとるのです」
「ところがレヴェズさん、その解式と云うのは、貴方が再三|打衝《ぶつか》って御存じのはずですがね。|そこにあるは薔薇なりその辺りに鳥の声は絶えて響かず《ドッホ・ローゼン・ジンテス・
前へ
次へ
全350ページ中254ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング