アに何か衝動さえ与えられれば、恐らくひとたまりもないほど脆弱《もろ》いものだったに違いありません。そこで僕は、スペードの王様《キング》という言《ことば》を出したのです。何故なら、精神全体を一つの有機体だとすれば、当然そこから、物理的に生起して来るものがなければならぬからです。その非常に暗示的な一言によって、僕は何かしらの反応を期待しました。すると、はたして貴女《あなた》は、僕の言葉をハートの王様《キング》と云い直しました。まさにそのハートの王様《キング》です。僕はその時、狂乱に等しい異常な啓示をうけたのでしたよ。しかし、続いて貴女には、二度目の衝動が現われて、突然度を失い、思わず指環を小指に嵌《は》め込んでしまったのです。どうして僕が、その時の、恐怖の色を見|遁《のが》しましょうか」と鋭く中途で言葉を裁ち切りながら、法水の顔が慄然《りつぜん》たるものに包まれていった。
「いや、僕の方こそ、もっともっと重苦しい恐怖を覚えたのですよ。何故なら、骨牌《カルタ》札を見ると、その人物像はどれもこれも、上下の胴体が左削ぎの斜めに合わされていて、それぞれに肝腎な心臓の部分が、相手の美々しい袖無外套《クローク》の蔭に隠れているからです。そして、その――画像から失われた心臓が、右側の上端に、絵印となって置かれているではありませんか。そうなると、あるいは僕の思い過ぎかもしれませんが、その中で輝いている凄惨な光をどうして看過《みの》がす訳にゆきましょうか、ああ、心臓は右に[#「心臓は右に」に傍点]。ですから、もし、ハートの王様《キング》という一言を、貴女の心臓が語るとおりに解釈して、算哲博士を右側に心臓を持った特異体質者だとすればです。あるいはそれが、支離散滅をきわめている不合理性の全部を、この機会に一掃してしまう曙光《しょっこう》ともなり得ましょう」
 この驚くべき推定は、かつての押鐘津多子を発掘したことに続いて、実に事件中二回目の大芝居だった。その超人的論理に魅了されて、検事も熊城も、痺《しび》れたような顔になり、容易に言葉さえ出ないのだった。勿論そこには、一つの懸念《けねん》があった。けれども、続いて法水は例証を挙げて、それに薄気味悪い生気を吹き込むのだった。
「ところで、それがもし事実だとしたら、僕等はとうてい平静ではいられなくなってくるのです。何故なら、あの当時算哲博士は、左胸
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