エじたのです。何故かと云うと、ちょうどそれと寸分|違《たが》わぬ言葉を、僕は伸子さんの口からも聴いたからでした。恐らく、その暗合には、この事件最後の切札とする価値があるでしょう。これまで僕等が辿《たど》っていった、推理測定の正統を、根柢から覆《くつがえ》してしまうほどの怪物かもしれないのですよ。ことに、貴女の場合は、それに黙劇《パントマイム》じみた心理作用が伴ったので、それに力を得て、なおいっそう深く、貴女の心像を抉《えぐ》り抜くことが出来たのでした。ところで、維納《ウインナ》新心理派に云わせると、それを徴候発作《ジムプトム・ハンドルンゲン》と云うのですが、目的のない無意識運動を続けている間は、最も意識下のものが現われ易い――言《ことば》を換えて云えば、人に知らせたくない、自分の心の奥底に蔵《しま》っておきたいものが、何かの形で外面の表出の中に現われるか、それとも、そこに何か暗示的な衝動を与えられると、それに伴った聯想的な反応が、往々言語の中にも現われることがあると云うのです。その暗示的衝動と云うのはほかでもない、算哲のことを、僕がスペードの王様《キング》と云ったことなんですよ。しかし、それ以前に、ディグスビイも――と云った僕の一言が、端なくディグスビイの本体を知らない貴女《あなた》の心を捉えてしまったのです。そして、無意識の裡《うち》に、指環を抜いてみたり嵌《は》めてみたり、またクルクル廻したりするような、徴候発作が貴女に現われていきました。そこで僕は、妙に心を唆《そそ》るような間《パウゼ》を置いたのです。その間《パウゼ》です――それはただに演劇ばかりでなく、ことに訊問において必要なのですよ。ねえ久我さん、犯人は台本作家ではある代りに、けっして一行のト書だって指定しやしません。その意味で、捜査官というものは、何よりよき演出者であらねばならないのです。いや、冗弁は御勘弁下さい。何より御詫びしておきたいのは、僕は貴女の御許しを俟《ま》たずに、心像奥深くを探って闖入《ちんにゅう》していったのですから……」
そこで、法水は、新しい莨《たばこ》を取り出して、その誇るべき演出の描写を繰り拡げていった。
「しかし、その間《パウゼ》は混沌たるものです。けれども、その中には様々な心理現象が十字に群がっていて、まるで入道雲のように、ムクムク意識面を浮動しているのです。その状態は、そ
前へ
次へ
全350ページ中227ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング