スい、これが刑事被告人の天国なんですよ。捕繩で貴女の手頸《てくび》を強く緊めるんです。そうすると、全身に気持のよい貧血が起って、しだいにうとうととなってゆくそうですからな」
 その瞬間、伸子の視線がガクンと落ちて、両手で顔を覆い、卓上に俯伏《うつぶ》してしまった。ところが、続いて警察自動車を呼ぼうとし、熊城が受話器を取り上げた時だった。法水は何と思ったか、その紐線《コード》に続いている、壁の|差込み《プラグ》をポンと引き抜いて、それを伸子の掌の上に置いた。そうしてから、唖然となった三人を尻眼にかけ、陶然と彼の着想を述べたのである。ああ、事態は再び逆転してしまったのだった。
「実は、その――貴女にとって不運なお化《ばけ》が、僕に詩想を作ってくれました。これがもし春ならば、あの辺は花粉と匂いの海でしょう。しかし、裏枯れた真冬でさえも、あの噴泉と樹皮亭《ボルケン・ハウス》の自然舞台――それが僕に貴女の不在証明《アリバイ》を認めさせたのです。貴女もクリヴォフ夫人も、あの|渡り鳥《ワンダー・フォーゲル》……虹によって救われたのですよ」
「ああ、虹とは……。貴方は何を仰言《おっしゃ》るのです」伸子は突然弾ね上げたように身体を起して、涙で霑《うる》んだ美しい眼を法水に向けた。しかし、一方その虹は、検事と熊城を絶望の淵に叩き込んでしまった。恐らく二人にとれば、その刹那《せつな》が、あらゆる力の無力を直感した瞬間であったろう。けれども、その法水が持ち出した、華やかに彩色濃く響の高い絵には、どうしても魅了せずにはおかない不思議な感覚があった。法水は静かに云った。
「虹……まさにそれは、革鞭《かわむち》のような虹でした。ですが、犯人を気取ってみたり、久我鎮子の衒学的《ペダンティック》な仮面を被《つ》けたりしている間は、それに遮られていて、あの虹を見ることが出来なかったのです。僕は心から苦難をきわめていた貴女の立場に御同情しますよ」
「では、久我さんの言《ことば》を借りれば――動機変転《モチフ・ワンデル》。ねえ、そうでございましょう。でも、そんな隈取りは、もう既《とう》に洗い落してしまいましたわ。偽悪、衒学《ペダントリー》……そういう悪徳は、たしか、私には重過ぎる衣裳でしたわね」と第一日以来鬱積しきっていたものが、彼女の制御を跳ね越えて一時に放出された。伸子の身体がまるで小鹿のように弾み出
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