オげに嘯《うそぶ》くと、法水はそれを窘《たしな》めるように見てから、伸子に云った。
「お構いなく続けて下さい。元来僕は、シェレイの妻君([#ここから割り注]メリー・ゴドウイン――詩人シェレイの後妻「フランケンシュタイン」の作者[#ここで割り注終わり])みたいな作品は大嫌いなのです。ああいう内臓の分泌を促すような感覚には、もう飽き飽きしているのですからね。ところで、その白羽のボアが揺《ゆら》いだのは? それが鐘鳴器《カリリヨン》室のどんな場面で、貴女に風を送りましたね」
「実際を申しますと、その蛾は遂々《とうとう》、蝙蝠の餌食《えじき》になってしまったのでございます。何故なら、私にあの難行をお命じになったのが、クリヴォフ様なんでございますものね。――それも、独りで三十櫓楼船《ブチントーロ》を漕げって」と瞬間、冷たい憤怒が伸子の面を掠《かす》めたけれども、それはすぐに、跡方もなく消え失せてしまった。そして続けた。
「だって、いつもならレヴェズ様がお弾きになるあの重い鐘鳴器《カリリヨン》を、女の私に、しかも三回ずつ繰り返せよと仰言《おっしゃ》ったのです。ですから、最初弾いた経文歌《モテット》の中頃になると、もう手も足も萎《な》えきってしまって、視界がしだいに朦朧となってまいりました。その症状を、久我さんは微弱な狂妄――と仰言います。病理的な情熱の破船状態だと云います。その時は、必ず極端に倫理的なものが、まるで軍馬のように耳を※[#「奇+攴」、第4水準2−13−65]《そばだ》てながら身を起してくる――と申されます。しかもそれが、最高浄福の瞬間だそうですけども、けっして倫理的《エーティッシュ》ではある代りに道徳的《モラリッシュ》ではなく、そこにまた、殺人の衝動を否《いな》むことは出来ぬ――とあの方は仰言いました。ああ、これでも、貴方がお考えになるような、詩的な告白なのでございましょうか」と熊城に冷たい蔑視を送ってから、当時の記憶を引き出した。
「で多分、こういう現象の一部に当るのでしょうか、自分では何を弾いているのか無我夢中のくせに、寒風が私の顔を、斑《まだら》に吹き過ぎて行くことだけは、妙に明瞭《はっきり》と知ることが出来ましたものね。云わば、冷痛とでもいう感覚でしたでしょう。けれども、絶えずそれが、明滅を繰り返しては刺激を休めなかったので、ようやく経文歌《モテット》の三
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