cな事には、この時もまた、伸子の動静だけが不明で、誰一人として、彼女の姿を目撃した者がないのだった。以上の調査を私服から聴き終ると、法水はひどく複雑な表情を泛《うか》べ、実にこの日三度目の奇説を吐いた。
「ねえ支倉君、僕にはレヴェズの壮烈な姿が、絶えず執拗《しつ》っこくつき纏《まと》っているのだがね。あの男の心理は、実に錯雑をきわめているのだ。あるいは誰かを庇《かば》おうとしての騎士的精神かもしれないし、またああいう深刻な精神葛藤が、すでにもう、あの男に狂人の境界を跨《また》がせているのかも判らない。だが、なにより濃厚なのは、あの男が死体運搬車に乗っている姿なんだよ」となんら変哲もないレヴェズの言動に異様な解釈を述べ、それから噴泉の群像に眼がゆくと、彼は慌《あわ》てて出しかけた莨《たばこ》を引っ込めた。「では、これから驚駭噴泉《ウォーター・サープライズ》を調べることにしよう。恐らく犯人であると云う意味でなしに、今日の事件の主役は、きっとレヴェズに違いないのだ」
 その驚駭噴泉《ウォーター・サープライズ》の頂上は、黄銅製のパルナス群像になっていて、水盤の四方に踏み石があり、それに足をかけると、像の頭上からそれぞれの側に、四条の水が高く放出される仕掛になっていた。そして、その放水が、約十秒ほどの間継続することも判明した。ところが、その踏み石の上には、霜溶けの泥が明瞭な靴跡となって残っていて、それによるとレヴェズ氏は、その一つ一つを複雑な経路で辿《たど》って行って、しかもそれぞれに、ただの一度しか踏んでいないことが明らかになった。すなわち、最初は本館の方から歩んで来て、一番正面の一つを踏み、それから、次にその向う側を、そして三度目には右側のを、最後には、左側の一つを踏んで終っている。しかし、その複雑きわまる行動の意味が、いったい那辺にあるのか、さすがに法水でさえ、皆目その時は見当がつかなかった。
 それから、本館に戻ると、一昨日訊問室に当てた例の開けずの間、すなわちダンネベルグ夫人が死体となっていた室《へや》で、まず最初の喚問者として伸子を喚《よ》ぶことになった。そして、彼女が来るまでの間に、どこからとなく法水の神経に、後にはそれと頷《うなず》かせた、異様な予感が触れてきたと云うのは、数十年|以来《このかた》この室に君臨していて、幾度か鎖され開かれ、また、何度か流血の惨事
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