ュと後を続けた。「ところが、常人と異常神経の所有者とでは、末梢神経に現われる心理表出が、全然転倒している場合がある。例えば、ヒステリーの発作中そのまま放任しておく場合には、患者の手足は、勝手|気儘《きまま》な方向に動いているけれども、いったんそのどこかに注意を向けさせると、その部分の運動がピタリと停止してしまうのだ。つまり、クリヴォフ夫人に現われたものは、その反対の場合であって、たぶんあの女は、心の戦《おのの》きを挙動に現わすまいと努めていたことだろう。ところが、僕が彼夢みぬ[#「彼夢みぬ」に傍点]――と云った一言から、偶然その緊張が解けたので、そこで抑圧されていたものが一時に放出され、注意を自分の掌《てのひら》に向けるだけの余裕が出来たのだ。そうなって始めて、右掌の無名指が不安定を訴えだしたことは云うまでもない。そうして、あの解しきれない顫動《せんどう》が起されたという訳なんだよ。ねえ支倉君、闇でなくては見えぬ樺の森を、あの女は指一本で、問わず語らずのうちに告白してしまったのだ。その、(樺の森――彼夢みぬ)とかけて下降していく曲線の中に、なんと遺憾なく、クリヴォフ夫人の心像が描き尽されていることだろう。支倉君、いつぞや君は、詩文の問答をツルヴェール趣味の唱《うた》合戦と云ったことがあったっけね。ところが、どうしてそれどころか、あれは心理学者ミュンスターベルヒに、いやハーバードの実験心理学教室に対する駁論《ばくろん》なんだよ。ああいう大袈裟《おおげさ》な電気計器や記録計などを持ち出したところで、恐らく冷血性の犯罪者には、些細《ささい》の効果もあるまい。まして、生理学者ウエバーのように自企的に心動を止め、フォンタナのように虹彩を自由自在に収縮できるような人物に打衝《ぶつか》った日には、あの器械的心理試験が、いったいどうなってしまうんだろう。しかし僕は、指一本動かさせただけで、また詩文の字句一つで発掘を行い、それから、詩句で虚妄《うそ》を作らせまでして、犯人の心像を曝《あば》き出したのだ」
「なに、詩文で虚妄《うそ》を※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と熊城がグイと唾を嚥《の》んで聴き咎《とが》めると、法水は微かに肩を聳《そび》やかせて、莨《たばこ》の灰を落した。彼の闡明《せんめい》は、もうこの惨劇が終ったのではないかと思われたほどに、十分なものだった。法水はまずその
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