竅tにも姿を現わしたのだった。夫人の言によれば、それはまさしく男性であって、しかもあらゆる特徴が、身長こそ異にすれ旗太郎を指摘している。しかりとすれば、伸子が覚醒の瞬間に認《したた》めた自署に、降矢木という姓を冠せている。それを、グッテンベルガー事件に先例のある潜在意識と解釈すれば、伸子を倒したとする風精《ジルフェ》の正体には、最も旗太郎の姿が濃厚である。そして、その推定が、伸子の露出的な失神姿体と撞着するところに、この事件最大の難点が潜んでいるのではあるまいか。
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十三、動機に関する考察[#「十三、動機に関する考察」は太字]
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すべてが、遺産を繞《めぐ》る事情に尽きている。第一の要点は、四人の異国人の帰化入籍によって、旗太郎の白紙的相続が不可能になった事である。次に、旗太郎以外ただ一人の血縁が、すなわち押鐘津多子を除外している点に注目すべきであろう。したがって、旗太郎対三人の外人の間には、すでに回復し難い程度の疎隔を生じているけれども、何よりこの一つの大きな矛盾だけは、どうすることも出来ない。すなわち、動機を持つ者には、現象的に嫌疑とすべきものがなく、伸子のごとき犯人を髣髴とさせる者には、その反対に動機の寸影すら見出されないのである。
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読み終ると、法水はそれを卓上に拡げて、まずその第七条(屍光と創紋の件《くだり》)の上に指頭を落した。その頃には、欄間の小窓から入って来る陽差が、「倫敦《ロンドン》大火之図」の――ちょうどテムズ河の真上|附近《あたり》にまで上っていて、頭上の黒煙に物々しい生動を起しはじめた。それでなくても検事と熊城は、唇が割れ唾液が涸《かわ》いて、ただひたすらに、法水の持ち出した奇矯転倒の世界が、一つ大きな蜻蛉《とんぼ》がえりを打って、夢想の翼を落してしまう時機を夢見るのだった。そういう異様に殺気立った空気の中で、法水は新しい莨《たばこ》に火を点じ、徐《おもむ》ろに口を開いた。
「ところで、最初にあの不思議な屍光と創紋だが、問題は依然として、その循環論的な形式にあるのだ。あの洋橙《オレンジ》がどういう経路を経て、ダンネベルグ夫人の口の中に飛び込んでいったのか――その道程が判然《はっきり》しない限りは、依然実証的な説明は不可能だと思うね。けれども、その屍光と創紋の発生に似た犯罪上
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