いる声で、反抗気味に問い返した。
「つまり、貴方がたに課せられている、算哲博士の意志をですがね」
「ああ、それでしたら」と旗太郎は、微かに自嘲めいた亢奮《こうふん》を泛《うか》べて、「確かに、音楽教育をしてくれた事だけは、感謝してますがね。でなかった日には、既《とう》に気狂いになっていますよ。そうでしょう。倦怠《けんたい》、不安、懐疑、廃頽《はいたい》――と明け暮れそればかりです。誰だって、こんな圧し殺《つぶ》されそうな憂鬱の中で、古びた能衣裳みたいな人達といっしょに暮してゆけるもんですか。実際父は、僕に人間惨苦の記録を残させる――それだけのために、細々と生を保ってゆく術《すべ》を教えてくれたのです」
「そうすると、それ以外のすべてを、四人の帰化入籍が奪ってしまったという訳ですか?」
「たぶんそうともなりましょうね」と旗太郎は妙に臆したような云い方をして、「いや、事実未だに、その理由が判然《はっきり》としておりません。なにしろ、グレーテさんはじめ四人の人達の意志が、それには少しも加わっていないのですからね。ところで、こういう女王《クイーン》アン時代の警句を御存じですか。陪審人が僧正《ビショップ》の夕餐に与《あずか》るためには、罪人が一人|絞《くび》り殺される――って。だいたい、父という人物が、そういった僧正《ビショップ》みたいな男なんです。魂の底までも、秘密と画策に包まれているんですから、たまりませんよ」
「ところが旗太郎さん、そこに、この館の病弊があるのですよ。いずれ除かれることでしょうが、だが貴方にしたところで、なにも博士の精神解剖図を、持っているという訳じゃありますまい」と相手の妄信を窘《たしな》めるように云ってから、法水は再び事務的な質問を放った。
「ところで、入籍の事を、博士から聴かれたのは何日頃です?」
「それが、自殺する二週間ほど前でした。その時遺言状が作成されて、僕は、自分自身に関する部分だけを父から読み聴かされたのです」と云いかけたが、旗太郎は急に落着かない態度になって、「ですけれど法水さん、僕には、その部分をお聴かせする自由がないのですよ。口に出したら最後[#「口に出したら最後」に傍点]、それは持分の喪失を意味するのですからね[#「それは持分の喪失を意味するのですからね」に傍点]。それに、他の四人も同様で、やはり自分自身に関する事実よりほかに知ら
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