ものがなけりゃならない。区劃扉は前後とも閉じられているのだから、残っているのは、拱廊《そでろうか》の円廊側に開いている扉一つじゃないか。しかし、先刻《さっき》二度目に行った時は、確か左手の吊具足側の一枚を、僕は開け放しにしておいたような記憶がする。それに、あそこは他の意味で僕の心臓に等しいのだから、絶対に手をつけぬように云いつけてあるんだ。無論それが閉じられてしまえば、この一劃には、吸音装置が完成して、まず残響に対しては無響室《デット・ルーム》に近くなってしまうからだ。だから、僕等に聞えてくるのは、テラスから入る、強い一つの基音よりほかになくなってしまうのだよ」
「すると、その扉は何が閉じたのだ?」
「易介の死体さ。生から死へ移って行く凄惨な時間のうちに、易介自身ではどうにもならない、この重い鎧《よろい》を動かしたものがあったのだ。見るとおりに、左右が全部斜めになっていて、その向きが、一つ置きに左、右、左となっているだろう。つまり、中央の萌黄匂《もえぎにおい》が廻転したので、その肩罩板《そでいた》が隣りの肩罩を横から押して、その具足も廻転させ、順次にその波動が最終のものにまで伝わっていったのだ。そして、最終の肩罩《そで》板が把手《ノッブ》を叩いて、扉を閉めてしまったのだよ」
「すると、この鎧を廻転させたものは?」
「それが、兜《かぶと》と幌骨《ほろぼね》なんだ」と云って、法水は母衣《ほろ》を取り除《の》け、太い鯨筋《げいきん》で作った幌骨を指し示した。「だって、易介がこれを通常の形に着ようとしたら、第一、背中の瘤起が支《つか》えてしまうぜ。だから、最初に僕は、易介が具足の中で、自分の背の瘤起をどう処置するか考えてみた。すると思い当ったのは、鎧の横にある引合口《ひきあいぐち》を背にして、幌骨の中へ背瘤を入れさえすれば、――という事だったのだ。つまり、この形を思い浮べたという訳だが、しかし病弱非力の易介には、とうていこれだけの重量を動かす力はないのだ」
「幌骨と兜?」と熊城は怪訝《いぶかし》そうに何度となく繰り返すのだったが、法水は無雑作に結論を云った。
「ところで、僕が兜と幌骨と云った理由を云おう。つまり、易介の体が宙に浮ぶと、具足全体の重心が、その上方へ移ってしまう。のみならず、それが一方に偏在してしまうのだ。だいたい、静止している物体が自働的に運動を起す場合という
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