ていた。熊城は結論を云った。
「とにかく、切創《せっそう》が死因に関係ないとすると、この犯行は、恐らく異常心理の産物だろう」
「いやどうして」と法水は強く頸《くび》を振って、「この事件の犯人ほど冷血な人間が、どうして打算以外に、自分の興味だけで動くもんか」
 それから、指紋や血滴の調査を始めたが、それには、いっこう収穫はなかった。わけても甲冑の内部以外には、一滴のものすら発見されなかったのである。調査が終ると、検事は、法水が透視的な想像をした理由を訊ねた。
「君はどうして、易介がここで殺されているのが判ったのだね」
「無論|鐘鳴器《カリリヨン》の音でだよ」と法水は無雑作に答えた。「つまり、ミルの云う剰余推理さ。アダムスが海王星を発見したというのも、残余の現象は或る未知物の前件である――という、この原理以外にはないことなんだ。だって、易介みたいな化物が姿を消しても、発見されない。そこへ持ってきて、倍音以外にもう一つ、鐘鳴器《カリリヨン》の音に異常なものがあったからだよ。扉で遮断された現場の室《へや》とは異なって、廊下では、空間が建物の中に通じているのだからね」
「と云うのは……」
「その時残響が少なかったからだよ。だいたい鐘には、洋琴《ピアノ》みたいに振動を止める装置がないので、これほど残響のいちじるしいものはない。それに、鐘鳴器《カリリヨン》は一つ一つに音色《ねいろ》も音階も違うのだから、距離の近い点や同じ建物の中で聴いていると、後から後からと引き続いて起る音に干渉し合って、終いには、不愉快な噪音《そうおん》としか感ぜられなくなってしまうのだ。それを、シャールシュタインは色彩円の廻転に喩《たと》えて、初め赤と緑を同時にうけて、その中央に黄を感じたような感覚が起るが、終いには、一面に灰色のものしか見えなくなってしまう――と。まさに至言なんだよ。まして、この館には、所々円天井や曲面の壁や、また気柱を作っているような部分もあるので、僕は混沌としたものを想像していた。ところが、先刻《さっき》はあんな澄んだ音《ね》が聞えたのだ。外気の中へ散開すれば、当然残響が稀薄になるのだから、その音は明らかに、テラスと続いている仏蘭西《フランス》窓から入って来る。それを知って、僕は思わず愕然《がくっ》としたのだ。では何故《なぜ》かと云うと、どこかに、建物の中から広がってくる、噪音を遮断した
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