工で驚くべき殺人者[#ここで割り注終わり])が、カルドナツォ家のパルミエリ([#ここから割り注]ロムバルジヤ第一の大剣客[#ここで割り注終わり])を斃《たお》したという事蹟を御存じでしょうが、腕で劣ったチェリニは、最初|敷物《カーペット》を弛ませて置いて、中途でそれをピインと張らせ、パルミエリが足許を奪われて蹌踉《よろめ》くところを刺殺したのでした。しかし、算哲を斃すためには、その敷物を応用した文芸復興期《ルネサンス》の剣技が、けっして一場の伝奇《ロマーン》ではなかったのです。つまり、内惑星軌道半径の縮伸というのは、要するに貴方が行《おこな》った、敷物《カーペット》のそれにすぎなかったのですよ。さて、犯行の実際を説明しますかな」と云ってから、法水は検事と熊城に詰責《きっせき》気味な視線を向けた。「だいたい何故扉の浮彫を見ても、君達は、傴僂《せむし》の眼が窪んでいるのに気がつかなかったのだね」
「なるほど、楕円形に凹んでいる」熊城はすぐ立って行って扉を調べたが、はたして法水の云うとおりだった。法水はそれを聴くと、会心の笑《えみ》を真斎に向けて、
「ねえ田郷さん、その窪んでいる位置が、ちょうど博士の心臓の辺に当りはしませんか。それが、楕円形をしているのですから、護符刀の束頭《つかがしら》であることは一目瞭然たるものです。そうなると、当然天寿を楽しむよりほかに自殺の動機など何一つなく、おまけにその日は、愛人の人形を抱いて若かった日の憶い出に耽《ふけ》ろうとしたほどの博士が、何故|扉際《とぎわ》に押し付けられて、心臓を貫いていたのでしょう」
 真斎は声を発することはおろか、依然たる症状を続けて、気力がまさに尽きなんとしていた。蝋白色に変った顔面からは膏《あぶら》のような汗が滴り落ち、とうてい正視に耐えぬ惨めさだった。ところが、それにもかかわらず法水は、この残忍な追求をいっかな止めようとはしなかった。
「ところで、ここに奇妙な逆説《パラドックス》があるのです。その殺人が、かえって五体の完全な人間には不可能なんですよ。何故なら、ほとんど音の立たない、手働四輪車の機械力が必要だったからで、それがまず、敷物《カーペット》に波を作って縮め重ねてゆき、終いには、博士を扉に激突させたからでした。何分にも、当時|室《へや》は闇に近い薄明りで、右側の帷幕《とばり》の蔭に貴方が隠れていたのも知
前へ 次へ
全350ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング