のが表わされているでしょうか」と法水は、調子を弛《ゆる》めずに続けた。「第一に太陽、それから硫黄《いおう》ですよ。ところが、水銀と硫黄との化合物は、朱ではありませんか。朱は太陽であり、また血の色です。つまり、扉の際《きわ》で算哲の心臓が綻《ほころ》びたのです」
「なに、扉の際で……。これは滑稽な放言じゃ」と真斎は狂ったように、肱掛を叩き立てて、「貴方《あんた》は夢を見ておる。まさに実状を顛倒した話じゃ。あの時血は、博士が倒れている周囲にしか流れておらなかったのです」
「それは、いったん縮めた半径を、犯人がすぐ旧《もと》どおりの位置に戻したからですよ。それから、もう一度Sの字を見るのです。まだあるでしょう。悪魔会議日《サバスデー》、立法者《スクライブ》……。そうです、まさしく立法者なんです。犯人はあの像のように……」と法水は、そこでいったん唇を閉じ、じいっと真斎を瞶《みつ》めながら、次に吐く言葉との間の時間を、胸の中で秘かに計測しているかの様子だった。ところが、突然《いきなり》頃合を計って、
「あのように、立って歩くことの出来ない人間――それが犯人なんです」と鋭い声で云うと、不思議な事には、それとともに――解《げ》し難い異状が、真斎に起った。
 それが、始め上体に衝動が起ったと見る間に、両眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》き口を喇叭《ラッパ》形に開いて、ちょうどムンクの老婆に見るような無残な形となった。そして、絶えず唾を嚥《の》み下そうとするもののような苦悶の状を続けていたが、そのうちようやく、
「おお、儂《わし》の身体を見るがいい。こんな不具者がどうして……」と辛《から》くも嗄《しゃが》れ声を絞り出した。が、真斎には確か咽喉部に何か異常が起ったとみえて、その後も引き続き呼吸の困難に悩み、異様な吃音《きつおん》とともに激しい苦悶が現われるのだった。その有様を、法水は異常な冷やかさで見やりながら云い続けたが、その態度には、相変らず計測的なものが現われていて、彼は自分の言《ことば》の速度《テンポ》に、周到な注意を払っているらしい。
「いや、その不具な部分を俟《ま》ってこそ、殺人を犯すことが出来たのですよ。僕は貴方の肉体でなく、その手働四輪車と敷物《カーペット》だけを見ているのです。たぶんヴェンヴェヌート・チェリニ([#ここから割り注]文芸復興期の大金
前へ 次へ
全350ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング